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『Contact』アルバムレビュー(総括)

助走距離が長ければ長いほど、より遠くへ飛べるとはよく言ったものだ。しかも本人に「今すぐ飛びたい!」という強い意志、想いがあるのならば、その抑圧されていたエネルギーは、地面を蹴る為の両足に、大きく振り抜く両腕に、想像を超えた力を宿らせる。
茅原実里が長らく押さえ込んできた“歌”への想いは、「純白サンクチュアリィ」、「君がくれたあの日」として、一気に解き放たれた。そして、超待望のNewアルバムである『Contact』は、そんな彼女がまだ内側に秘めている、新たな可能性への挑戦だったのではないか。デジタル・サウンドならではのクールネスと、生楽器の甘美なエモーション。その2つが複雑に絡み合いながら、多彩なメロディを生み出し、畳み掛けるように旋律を紡ぐ。何しろクリエイターは、エレメンツ・ガーデン菊田大介に、畑亜貴、大久保薫、中西亮輔らである。1曲1曲、全てに強い個性があるのは当り前であり、生半可な歌い手では潰れてしまうだろう。
歌えないことの苦しみを知っている。それゆえに、誰よりも歌う喜びを知っている。そんな歌い手として、表現者として、茅原実里はアルバム『Contact』に挑んだ。詳しい解説は各曲レビューに譲るが、率直な感想として、我々は本作で始めて、アーティスト茅原実里に、ようやく『Contact』=“触れる”事が出来たのだと思う。
もしかしたら、このシーンに何か起きるのかもしれない。微塵の揺らぎも見せず、何者でもない、自分の声で歌いきった彼女を見ていると、そんないい予感しか沸いてこないのだ。

1.Contact

電脳世界へ飛び込んだような錯覚を促す「S.I.G.N.A.L」の響き。このサイン波のように規則的なコーラスのデジタルな質感により、濃厚な音響空間へ、躊躇う間なく一瞬にして引き込まれてしまう。これは茅原実里の持つ「声」の可能性に挑戦した楽曲といえるだろう。その結果は最早、言うまでもないのでは?アルバム表題曲にして1曲目を飾るこの「Contact」は、物語の導入部として、そして本作の重要なコンセプトを提示する上でも、非常に重要な楽曲だ。そして、螺旋を描きながら舞い上がった、ストリングスの行方には……。

2.詩人の旅

……螺旋を描きながら舞い上がったストリングスは、その刹那。一転して急激な加速力を手に入れる。大空を滑空するように駆け抜けるその旋律は、あまりにも雄弁に別世界への突入を物語っていた。「Contact」からまるで糸を引くように、大先生室屋ストリングスのダイナミックなアレンジに変貌する冒頭の展開。これは卒倒もののカッコ良さである。菊田大介の神アレンジとして、語り草になることは間違いない。そして自信に満ちた芯の強さで、心象描写巧みな詩世界を射抜く歌声の魅力。圧倒的な疾走感を維持しながら、複雑なピッチ取りも迷いなく歌い上げる茅原実里は、やはり只者ではない。

3.ふたりのリフレクション

光の乱反射のように、美しく飛び交うシンセ・ワーク。キラキラと舞うそのサウンド・テクスチャーからは、もう「詩人の旅」の様な過酷な心象風景を歌う為の色彩感覚は皆無だ。思わず笑顔が綻ぶような、軽やかに跳ねる歌声の魅力に、一瞬にしてさっきまでの緊張感が弛緩する。しかしピンと張りのある声の芯は変らず残っている為、ピュアなポップスながら、今までどおり楽曲の説得力に遜色はない。冒頭から3曲でここまで声のバリエーションを聴かせる展開は、正直予想出来なかった。これは嬉しい誤算である。

4.純白サンクチュアリィ

「羽の色」。「白い言葉」。一瞬にして目の前の景色を変えたのは、憂いを帯びた歌声で導き出される、あまりにも純白な言葉と言葉。歌声は美しくクールな表情を湛えながら、エモーショナルなストリングスと、エレクトロニック・ミュージックが成しえる、最上のダイナミズムと明言できるサウンド・スケープと複雑に絡みあう。歯切れの良い明解な歌声が際立って聴こえるのは、そのサウンドの持つパワーと互角に渡り合う為だろう。思えばこの楽曲が、茅原実里の新章幕開けを飾り、本作の方向性を決定付けたのだ。アーティスト活動を再開するきっかけとなった、この楽曲に込めた彼女の思いを改めて噛み締めたい。

5.Dears 〜ゆるやかな奇跡〜

弦一徹ストリングスによる、まるでベールのように優雅で重層的なストリングスで幕を開ける本作は、純氷のように透き通ったピュアな歌声が冴え渡る繊細なラヴ・バラード。木漏れ日を思わせるアレンジは、大久保薫による「らしい」仕事と言えるだろう。リフレインする儚げなピアノの旋律と、切なさが立ったメロディに思わず涙腺が刺激される。シンプルでまっすぐ胸の奥底に届く歌詞と、茅原実里の、ジワジワと湧き上るエモーショナルな歌声との相乗効果も素晴らしい。ゆったりと、いつまでもこのロマンティックなムードに浸っていたくなる1曲だ。

6.Cynthia

この「Cynthia」が、本作『Contact』の中でも最も強力なアクセントではなかろうか。アシッド・ジャズを髣髴とさせるグルーヴ感や、ラウンジ・ハウス風なサウンドの意匠、そしてスウェディッシュ・ポップを髣髴とさせるファッショナブルなメロディゆえに、〈シブヤ系〉の流れを汲んだ楽曲とも言えなくもない。軽快で小気味良いサビの中毒性もバツグンで、デジタル・サウンドによる、ハイ・センスなポップスの方向性を追求した作品として聴いても面白い。表現者としての茅原実里の新たな魅力と、多彩な可能性を感じさせるサウンドの絡みは聴き応え充分だ。

7.sleeping terror

飯室博による、ゆらりゆらりと燃える情念の如きギター・サウンドが、ミステリアスな世界観に焦燥感を描き出した。舞い散るような歌声の儚さ、クールな切なさが胸に迫るが、“冷めた”と言うより、“醒めた”という印象を強く与える。その凛と伸びる歌声に乗せられた仄青い叙情性が魅力的で、歌い手としての彼女の心の込め方、念の込め方が真摯である事が伝わってくるようだ。「眠る恐怖」と名付けられたこのミディアム・テンポのバラードには、神秘と夢幻の世界へ誘う畑亜貴の詩世界がしっかりと絡み付いている。この深い味わい、もう流石としか言いようがない。

8.too late? not late…

晴れ渡る夏の青空を駆け抜け、体の隅々に生気が漲るような、健康的な魅力に溢れたダンス・ポップ・ナンバー。ユーロ・ビートやトランスなど、90年代に持ち込まれたシンセ・サウンドに情緒やドラマ性を取り入れたこの手のポップスは、バリバリのシンセ・サウンドながら豊かな情景を描き出す。これはまさに、日本人の発明品と言えるだろう。ダンサブルなビート感に呼応する、リズミカルな起伏を持ったメロディ。その上を、スキップするような軽やかさで走るシンセ・サウンド。これぞまさに、鉄板サウンド・スケープ!

9.夏を忘れたら

多忙な彼女の心情を代弁したかのような歌詞がなんとも微笑ましい、爽やかな風を運ぶボッサ・ハウス・ナンバー。「too late?not late…」とあわせて聴けば、夏から秋へと季節が移り変わるような、メランコリックなムードも味わえるだろう。ボサノバを四つ打ちに変換したビートは軽やかで、程よくリバーブが効いたサウンドと共に、いつかの夏の思い出をフワリと運び込んでくる。西日が頬をくすぐるような、キラキラと瞬くSEも心地良い。切なく、寂しげな歌声で紡がれるメロディも、サビでは一転してポップ・アップ。軽快な裏打ちのビート感は、ライヴで盛り上がること必至だ。

10.mezzo forte

さあ、いよいよ本作も佳境である。ラストに向かって、ピリッとした緊張感を取り戻すかのように、「やや強く」を意味するタイトルを冠した楽曲だ。悲しみを湛えるような歌声とメロディがジワジワと溢れ出すが、その刹那。まるで幻影を打ち破るような、強い意志が漲る「声」に一転し、「歌」を畳み掛ける。ダイナミックな音の広がりを演出するストリングスの流麗なエレメンツが、歌声の振り幅、情動の激しさをより力強く、より激しく響かせる。新しい旋律、新しい調べ、そして新しい歌の力が、最高の形で結実している。

11.君がくれたあの日

ここまで激しくドライヴするストリングスのパッセージは、やはり何度聴いても衝撃的だ。アクセントの置き方、難所でのテクニックの見せ方は勿論、楽曲のバックにもフロントにもまわる、その機敏なサウンド・コントロールはもはや職人芸。汲めども尽きぬ美旋律と、縦横に激走するメロディ。その目まぐるしいスピードをシッカリと捕らえながら、涙するほどに感情を乗せる事が出来るのが、茅原実里という歌い手だ。「君がくれたあの日」は、茅原の秘めたる可能性に挑んだクリエイターと、見事に応えて見せた彼女による、奇跡の結晶である。

12.truth gift

ラストを飾るのは、幸福感が燦々と降り注ぐ華やかなミディアム・ナンバー。難解な言葉も、難解な表現も一切なく、一人一人に語りかけるように、自分の感情をひたすら素直に、大切に歌い上げていく。シンプルゆえに届く声、伝わる温度、感じる想いがある。茅原実里が最後に届けたかった「真実の贈り物」とは、自分を支えてくれるスタッフ、ファン、友達、そして家族への感謝の気持ち。自分の変らぬ想いを象徴する、普遍的な魅力が詰まった、純粋なポップ・ナンバーである。そして華麗なストリングスの息をのむような美しさに包まれ、ゆっくりと幕を下ろす。まさに、ラストを飾るに相応しい楽曲であった。

クロスレビュアー

アニソンマガジン(洋泉社)などで執筆中の音楽/アニメ・ライター。

80年生の音楽ライター。アニソンマガジンの企画/メイン・ライターを務める。その他執筆媒体は、CDジャーナル、bounce、クッキーシーン、アニカンR-music等など。音楽ガイドブック制作によく参加したり、BGM監修やコンピの監修も手掛けたり。

フリーライター。各アニメ誌・声優誌等にて幅広く活動中。アニメNewtypeチャンネル内の動画インタビュー番組gammyの必萌仕事人ではメインパーソナリティーを務める。

編集プロダクション・ユービック代表。アニメソング専門誌アニソンマガジン編集長。

82年生。ライター。通称「前Q」。ライトノベル、アニメ、アニソンなどオタク周辺事象について広く執筆中。主な執筆媒体にオトナアニメ、アニソンマガジン(洋泉社)、まんたんブロード(毎日新聞)、ニュータイプ(角川書店)など。

フリー編集者、ライター。B Street Band所属。千葉県市川市出身。

構成作家。涼宮ハルヒの憂鬱 SOS団ラジオ支部、らっきー☆ちゃんねる、らっきー☆ちゃんねる 陵桜学園放課後の机、radio minorythm etc.