■澄川龍一
いまなお掛け値なしに金字塔だと断言できるアルバム『Contact』は、アーティスト活動をリ・スタートさせる茅原実里のあまねく感情が一体となり、ピンと張り詰めた細い糸(しかしそれはとても強固な糸だ)となったような独特の緊張感が支配的であった。ふたたび歌を歌えることへの喜び、そして同じだけのプレッシャーなどといった彼女のピュアな感情がダイレクトに投影された作品だったといえよう。
ではこの『Parade』はどうだったかというと、そこからガラリと変貌を遂げている、と感じた。『Contact』終曲「truth gift」で聴かれたあたたかい歓喜のシャワーのような祝福から地続きであるように、『Parade』は実に“陽”のサムシングに包まれていた。ブライトに針を振ったサウンド構成でまずそう思わされるのだけど、“変貌”の本質は何より彼女の声にあるのだと『Parade』を聴き進めていくうちに気づかされていく。「Melty tale storage」「雨上がりの花よ咲け」「Paradise Lost」といったシングル群で彼女の音楽への向き合い方は変わっていないことはわかっていたし、アルバムを作るうえでプレッシャーはいままで以上にあっただろうと容易に想像はつく。しかし、そういった感情を超越したような、解き放たれた茅原実里そのものが声として聴こえる。だからこそ『Parade』は、これほどまでに鮮やかで凛とした“陽”の輝きを放っているのだ。
茅原実里が歌う14編の“うた”たちが並ぶさまは『Parade』のタイトルに相応しい、まさしく“歓喜の行進”だ。それを遠くから眺めて楽しむも良し、実際に行進に参加して楽しむも良し。いずれにせよまたひとつ、大切な作品が生まれたということ。それもまた、ひとつの“喜び”なのだ。
■冨田明宏
〈接触〉という意味を持つ、ある意味では物語の導入部分かと思っていたレコードが、ただ単純に〈接触〉と呼ぶにはあまりにも濃密だったことに驚嘆したのが、今から約1年前のことだった。
なぜ驚嘆したのかといえば、その世界観に触れ合った、手の指先から足の爪先にまで駆け抜けた電流のごときストーリーを、茅原実里がひとつひとつ語るしぐさがあまりにも繊細で、あまりにも大胆だったからだ。それは衝撃ともいうべき体験だった。
そんな彼女と〈接触〉した更にその先、導入部から核心(革新)に到る途中に、僕たちはライブとして彼女が目の前で紡ぐストーリーを追体験し、「Melty tale storage」、「雨上がりの花よ咲け」、そして「Paradise Lost」という3枚の銀盤を手にしていた。それはいうなれば、彼女が新基軸を大胆に打ち出し、等身大のメッセンジャーとしての素質をも兼ね備えつつあった状況を、リアルタイムで目の当たりにしてきたということだ。
そして、現時点で彼女が提示する核心(革新)こそ、この『Parade』である。楽曲の魅力についてはそれぞれのレビューに譲るが、アルバムを総体的かつ簡潔に表すならば、このアルバムは上質のエンターテインメントだ。音楽性のレンジは各段に広がり、それぞれのスペックも確実に向上した。
そして新たな要素として特筆すべきは、彼女の言葉として語られるリアルなメッセージ性と、生々しくも力強い歌だ。そこからは、「雨上がりの花よ咲け」から始まった、彼女からみんなへメッセージを発信するという強い意志が感じ取れるだろう。
もし『Contact』と比べるならば、〈変化〉ではなく、すべてにおいて〈超えた〉という方が正しい。それほどまでに茅原の歌には等身大の説得力があり、歌を届けたいと願う、彼女の想いが目一杯に詰まっている。
〈パレード〉は止まっていればただの集団であり、進み続けなければ〈パレード〉とは呼ばれない。この『Parade』というアルバムは、茅原実里と共に一喜一憂し前に進み続ける、ファンのみんなに捧げられた作品である。
■永田寛哲
リリースされた前作『Contact』で、衝撃的なまでにハイクオリティな音楽世界を我々に突きつけてきた茅原実里。それから約1年後、再び我々の元に新たな衝撃が届けられた。そう、これはまさに衝撃である。前作で到達した遥かなる高み、それをこれほど軽々と飛び越えてしまっているのだから。
流麗な生ストリングスと打ち込みトランス・ビートが融合した−もはや"茅原サウンド"と呼んでも差し支えがないだろう−煌びやかなサウンドスタイルを基本としながら、一曲ごとに異なった個性と表情を見せる収録曲たち。
スタッフは、作詞に畑亜貴・こだまさおり、作編曲に菊田大介、大久保薫、Tatsh、俊龍、虹音と前作を踏襲した面々に加え、菊田も所属する稀代の音楽クリエイター・チーム『Elements Garden』から藤田淳平も参加しているが、全体の調和を乱すことなく、新たなる一味を加えることに成功している。
クレジットを確認すると、なんと実に4組のストリングス・チームが使い分けられている事実がひときわ目を引く。この徹底したこだわりこそが、奇跡的なまでのクオリティを結実させるために必要な、唯一にして絶対の手段だったのだろうと確信させられた。
加えて感心させられたのは、シングル3曲を含む全14曲が、まさにそこでしか有り得ないという絶妙な曲順で収められていること。ここまで1枚のアルバムとして揺るぎない黄金率を現出させたアルバムは、ちょっと近年では記憶に無いほどだ。
歌詞からも、アルバムタイトルである『Parade』からの繋がりを意識したフレーズが散見され、全14曲を貫く世界観が浮かび上がってくる。一聴だけでは通り過ぎてしまうような様々な仕掛けも、繰り返し聴き込むことでその度に新しい魅力を発見させる楽しみにも繋がっている。もちろん、美しく透明感にあふれる、それでいて空虚さとは無縁な内実を伴った、前作からなお真っ直ぐな表現力を成長させた茅原実里のヴォーカルが、常にあなたの耳元に寄り添うことになるだろう。
■前田久
前作『contact』は、イメージカラーとしては寒色系の色が思い浮かぶようなアルバムだった。
クールなデジタルビートの無機的な響きに、ストリングスと茅原実里の声という有機的なサウンドを対比させることで生まれる幻想世界。
それは、「雪、無音、窓辺にて。」という、長い時を孤独に過ごしたヒューマノイドインターフェイスの心にやどった小さな願いを切り取ったキャラクターソングの存在に端を発したアルバムだったからなのか。
そうした側面もあっただろうが、茅原自身の心象風景(を巧みに読み取ったディレクション)も大きく反映されていたのは間違いないだろう。
少女の孤独なセカイが、世界とつながるときの鋭い痛みと喜びの感覚。今振り返ると、『Contact』にはそれがしっかりと刻印されていた。
では、本作『Parade』はどうか。
再生した瞬間、前作やシングルリリース曲の攻撃的なトラックをイメージしていたあなたは、おそらく驚くだろうと思う。
なぜなら、あまりにも無防備に、まっすぐに、茅原の声が耳に飛び込んでくるからだ。
「わたし」を「キミ」へと届けることを願っていたあの日の歌姫は、アルバムリリース以降の大規模な会場での精力的なライブ活動や、声優としてのさらなる飛躍によって、今、「わたしたち」や「みんな」という言葉を力強く歌い上げることが可能なステージへとたどり着いた。
楽曲のメロディーラインにも、その達成は反映されている。
このアルバムは、前作では控えめに表現されていた、彼女がもともと持っていた陽性の魅力をクローズアップして写し取っている。ライターの職業病的な無粋な発想であることを承知で二項対立的な構図を設定すれば『Parade』は全体的には暖色のアルバムなのだ。
ただ、それは「真夏の陽射し」や「灼熱の業火」ではないのは断っておかなければならない。スケールの大きなぬくもり、「みんな」を連れて行くという決意の陰で、ほのめかされる悲しみ。そう、以前は、初めてしまうことへの怯えはあったが、その反面、幸せが達成された「その後」は意識されていなかった。
いわゆる一般論として、幸福な時間は必ず終わる。幸福のあとに一抹の寂しさを感じずにはいられないのは必然なのだが、そのいつか訪れる悲しみ、寂しさの感覚が、暖かな世界観の中に散りばめられている。それによって生まれた深みを、リスナー諸氏には是非感じ取って欲しいと願わずにはいられない。
■渡邊純也
辞書を引くまでもなく【Parade】は【行進】の意味である。
人々は古の昔から何らかの祭事に合わせては行列を成し、
たくさんの人を帯同させ、その幸せを広めて共有を図った。
そして1年1か月ぶりに届いた茅原実里のNEWアルバム『Parade』。
すでにファンにとってはお馴染みのシングル曲
『雨上がりの花よ咲け』『Melty tale storage』、
そして様々な仕掛けが話題を呼んだ
TVアニメ『喰霊−零−』のテーマソング『Paradise Lost』を収録。
その他、新作を含む全14曲が紡ぎ出すファンタジー。
このアルバムのコンセプトが【人生はパレード】であると聞いた時、
僕の脳裏に、とある幻想的なシーンがヴィジュアライズされた。
北欧神話、楽園ワルハラへと勇士たちを導いていくワルキューレ。
茅原実里が先頭に立ち、同志たちが隊列を成して歩いてゆく。
このアルバムは茅原実里にとって【更新】的アルバムであり、
【行進】であり、【交進】である。
このParadeへの参加条件。
それは茅原実里と同じ時間とベクトルを共有していること。
そう、このアルバムを聞く者全員に与えられた特権なのだ。
なんと幸せなことだろう。
クロスレビュアー
>> 澄川龍一
78年生まれのアニメ/音楽/シナリオ・ライター。アニソンマガジン(洋泉社)、アニカン(アニカン)、声優グランプリ(主婦の友社)、CDジャーナル(音楽出版社)などで執筆中。
>>冨田明宏
80年生の音楽ライター。『bounce』、『CDジャーナル』、『クッキーシーン』、『テレビブロス』などに執筆。『アニソンマガジン』、『オトナアニメ』、『アニカンR-music』、『エクス・ポ』でアニソンの真剣評論も展開中。著書に『同人音楽を聴こう!』(共著)など。
>>永田寛哲
アニメソング専門誌『アニソンマガジン』編集長にして、編集プロダクション・ユービック代表。 11/29に『テクノ歌謡ディスクガイド』(扶桑社)が発売されます。
>>前田久
1982年生。ライター。通称“前Q”。主な執筆媒体に『オトナアニメ』(洋泉社)、『アニソンマガジン』(〃)、『月刊Newtype』(角川書店)、『まんたんブロード』(毎日新聞社)など。
>>渡邊純也
構成作家。「涼宮ハルヒの憂鬱 SOS団ラジオ支部」「らっきー☆ちゃんねる」「radio minorhythm」「yozuca* MUSIC-GO-ROUND」などを手がける。